『デリバティブ・クリアリングのすべて』第7章 第5節「ダイレクト・クリアリングモデル:仲介者なき清算への挑戦と限界」 の続き Continuation of Chapter 7, Section 5 — Direct Clearing Models: The Challenge and Limits of Clearing Without an Intermediary of "Derivatives Clearing: A Comprehensive Guide"

FCMを経由しない清算では、誰が法的義務を担うのか――リテール向けダイレクト・クリアリングに残る制度上の懸念Who Bears the Legal Obligations When Clearing Bypasses the FCM? The Regulatory Gaps Left by Retail Direct Clearing

リテール参加者が先物取引業者(FCM)を介さず、デリバティブ清算機関(DCO)へ直接参加すれば、仲介に伴うコストを減らせる可能性があります。しかし、FCMが担ってきたのは、信用供与や注文の取次ぎだけではありません。顧客の本人確認、資金洗浄防止、リスク開示、顧客資産の保護など、顧客との直接の関係から生じる法的義務も、従来はFCMを中心に組み立てられてきました。本稿では、CFTCの意見募集と、それに対するFIAおよびISDAの意見書を手がかりに、FCMを外した後の法的義務をどこへ置くべきかを考えます。 Removing the futures commission merchant from retail clearing can cut intermediation costs, but the FCM never only extended credit — it also carried the legal obligations that attach to a direct customer relationship: identity verification, anti-money-laundering compliance, risk disclosure, and asset protection. Where those obligations sit once the FCM is gone remains unsettled in the CFTC's request for comment and the FIA and ISDA comment letters.

2026年8月2日 約9分 一次資料 3点
Summary (EN)

Removing the FCM from retail clearing removes the intermediary. It does not remove the legal duties that arise from a direct relationship with a customer. The CFTC’s December 2025 request for comment acknowledges that not every customer protection moves with the clearing function.

FIA has identified for the CFTC five areas where the Retail DCO framework lacks an FCM equivalent. They include oversight by a self-regulatory organization such as the NFA, daily reconciliation of segregated customer funds, and the two-step structure in which the FCM screens customers while the DCO supervises clearing members.

Anti-money-laundering duties show the gap most clearly, though other protections matter no less. Receiving funds in advance reduces credit risk without answering where they came from. FIA notes that voluntary KYC and AML procedures at a Retail DCO would not match the Bank Secrecy Act examination and enforcement regime applied to an FCM. ISDA argues that cash-settled event contracts sold online to individuals need effective account-opening screening and trade monitoring.

A purely direct model loses the independent intermediary that screened customers, while CFTC supervision of the DCO remains. An affiliated FCM inside the same corporate group restores the customer-facing regime and introduces a conflict of interest, since the DCO rules on investigations, sanctions and default determinations for an affiliate. FIA proposes independent FCM audits and limits on commonly owned entities acting as the self-regulatory organization.

Two axes must stay separate. Capital, margin and financial resources follow from credit extension, and can reasonably be lighter for fully collateralized, prefunded trades. Customer identification, anti-money-laundering compliance, risk disclosure and protection of customer assets do not follow from credit extension at all. Collapsing both into one axis lightens customer protection at the moment the credit regime is lightened. Custody of funds, examination and enforcement have to be assigned one by one.

リテール参加者が先物取引業者(FCM)を介さず、デリバティブ清算機関(DCO)へ直接参加すれば、仲介に伴うコストを減らせる可能性があります。全額担保かつ事前拠出型の取引であれば、FCMによる信用供与への依存も小さくできます。

しかし、FCMが担ってきたのは、信用供与や注文の取次ぎだけではありません。

顧客の本人確認、資金洗浄防止、リスク開示、顧客資産の保護、口座開設後のモニタリングなど、顧客との直接の関係から生じる法的義務も、従来はFCMを中心に組み立てられてきました。

FCMを経由しない清算では、これらの義務を誰が担うのでしょうか。

米国商品先物取引委員会(CFTC)が2025年12月に公表した意見募集は、リテール参加者をDCOの直接清算参加者として受け入れる制度について、まさにこの問題を提起しています。CFTCは、現行制度の下でDCOがFCMの機能の一部を担う一方、すべての顧客保護機能が同じように移るわけではないと認識しています。

本稿では、CFTCの意見募集と、それに対するFIAおよびISDAの意見書を手がかりに、FCMを外した後の法的義務をどこへ置くべきかを考えます。

なお、本稿では、米国法上の登録区分を示す場合にはDCO、一般的な中央清算機能を論じる場合にはCCPという用語を使います。

1仲介者を外しても、顧客に対する義務は消えない

米国の先物市場では、顧客口座を開設し、顧客資金を受け入れ、取引所や清算機関へのアクセスを提供する主体は、原則としてFCMとして登録します。

FCMには、顧客資金の分別管理、リスク開示、記録・報告、資金洗浄防止、顧客識別など、顧客との関係に基づく複数の義務が課されています。また、全国先物協会(NFA)などの自主規制機関による監督も受けます。

これに対し、Retail DCOは、DCOとしてのリスク管理、財務資源、業務継続、参加者管理などの義務を負います。しかし、DCO登録だけで、FCMに課されている顧客関係上の義務がすべて同じ形で適用されるわけではありません。

CFTCの意見募集も、Retail DCOがFCMの機能の一部を担っている一方、顧客保護、資金洗浄防止、顧客資産の取扱い、販売行為、参加者のデフォルト管理などに制度上の空白が残り得ると指摘しています。

つまり、リテール参加者をDCOが直接受け入れるモデルが実際に存在することと、FCMが担ってきた法的義務の移転先が決まったことは、同じではありません。

直接参加の経路はできました。しかし、その経路上で必要になる法的義務を、DCO、取引所、FCM、自主規制機関その他の主体へどのように割り当てるかは、なお制度設計上の問いとして残っています。

2FCMとRetail DCOの規制は、どこが違うのか

FIAは2026年2月の意見書で、リテール参加者を直接受け入れるDCOが顧客受入れとリスク管理を自ら担うのであれば、FCMに適用されてきた制度と同等の保護が必要になると主張しました。

FIAが挙げた主な論点は、五つに整理できます。

第一は、自主規制機関による監督です。FCMはNFAなどに加入し、日常的な検査や監督を受けます。FIAは、Retail DCOには同じ監督の経路が用意されていないと指摘しています。

第二は、顧客資金の分別管理と日次の報告です。FCMと顧客資金の預託先には、分別資金の残高を計算し、必要額と実際の保有額を照合する義務があります。FIAは、Retail DCOにも、顧客から預かっている資金と、本来預かるべき資金とを日次で突合する仕組みが必要だと主張しています。

第三は、資金洗浄防止と顧客識別です。FCMは、銀行秘密法に基づく対象金融機関として、AMLCIPプログラム、疑わしい取引のモニタリングと届出、定期的な検査などの対象になります。FIAは、DCOとしての登録だけでは、Retail DCOにこれらと同等の義務は課されないと整理しています。

第四は、口座開設時の情報取得とリスク開示です。リテール参加者の属性や取引経験を誰が確認し、商品のリスクを誰が説明するのかを決める必要があります。

第五は、監督の構造です。仲介型では、FCMが顧客を審査し、DCOが清算参加者を監督します。直接清算では、この二段階の構造が変わり、顧客レベルの管理と清算リスク管理の関係を組み直さなければなりません。

これらは、確定した制度欠陥の一覧ではありません。FCMとRetail DCOの間に顧客保護上の非対称性があるという問題意識は、CFTCの意見募集にも示されていますが、五項目への分類と具体的な改善案は、FIAが当局へ提示した整理です。

3AMLの観点から考えると、何が残るのか

FCMを介さない清算の問題を、資金洗浄防止の観点から考えてみます。

全額担保かつ事前拠出型の取引では、顧客による不払いから生じる信用リスクを小さくできます。しかし、資金を事前に受け取ることによって、その資金がどこから来たのかを確認する必要性までなくなるわけではありません。

レバレッジの有無と、顧客識別や資金洗浄防止の必要性は、別の問題です。

FCMは、AML・CIPプログラムを整備し、顧客を識別し、継続的に取引を監視し、疑わしい取引について報告する義務を負います。FIAは、Retail DCOが自主的にKYC・AMLの手続きを設けていたとしても、それだけでは、FCMに適用される銀行秘密法やFinCENの検査・執行の枠組みと同じにはならないと指摘しています。

ISDAも、予測市場に関する意見書で、オンラインで個人へ直接提供され、現金で決済されるイベント契約について、実効的な口座開設審査と取引モニタリングが必要だと主張しています。

もっとも、AMLが他のすべての問題より重いと、単純に順位づけることはできません。顧客資産の分別管理や、DCO破綻時の資産保護、リスク開示にも、それぞれ異なる重要性があります。

AML・CIPは、FCMとRetail DCOに適用される法的義務の差が、比較的分かりやすく表れる領域です。

この領域を見るだけでも、信用リスクが小さいことを理由に、顧客との関係から生じる規制まで一緒に軽くすることはできないと分かります。

同じ「FCMを外す」でも、型が分かれる 仲介型(現行) 純粋な直接清算 垂直統合型(関連FCM) 顧客の窓口 FCM DCO 自身 同一グループの関連FCM 顧客レベルの 審査・監視 FCM が行う 独立した仲介者が 不在になる 関連FCM が行う 清算参加者の 監督 DCO が FCM を審査 CFTC が DCO を監督 DCO が自社グループの FCM を審査 残る問い 二つの防衛線がある 顧客ゲートの法的責任を 誰が負い、誰が検査するか 自社グループのFCMを 独立して監督できるか 空白を埋める手段が、別の問題へ置き換わることがある
図1 FCMを外す型は一つではない。純粋な直接清算では独立した顧客ゲートが不在になり、垂直統合型ではゲートは戻るが利益相反が生じる。

4純粋な直接清算では、独立した顧客ゲートがなくなる

FCMを介さない純粋な直接清算では、FCMによる顧客レベルの審査や監視は存在しません。

DCO自身が、参加者の受入れ、担保管理、ポジション管理、デフォルト対応などを行います。しかし、現在のDCO規制のままでは、FCMが行ってきた顧客確認や顧客保護のすべてが、同等の法的義務としてDCOへ移るわけではありません。

仲介型では、顧客からDCOまでの経路に、異なる二つのチェックがあります。

FCMは顧客を審査し、その顧客にどこまで取引を認めるかを判断します。DCOはFCMを清算参加者として審査し、証拠金や財務資源、オペレーション能力を監督します。

FIAは、この構造を二つの防衛線として捉えています。

直接清算では、DCOによる監督がなくなるわけではありません。CFTCによるDCOの監督も残ります。失われる可能性があるのは、顧客とDCOの間に立ち、顧客レベルで審査やモニタリングを行ってきた、独立した仲介者の機能です。

この機能をDCO自身に持たせることは可能です。しかし、その場合には、DCOの裁量的な業務として実施するだけでなく、誰がどの法的責任を負い、誰がそれを検査し、違反時に誰が執行するのかを明確にする必要があります。

5関連FCMを置けば、空白は埋まるのか

顧客保護の空白を埋める方法の一つは、Retail DCOと同じ企業グループ内にFCMを設け、リテール参加者をそのFCMの顧客として受け入れることです。

この場合、顧客との直接の関係はFCMが持ち、顧客資金の分別管理やAML・CIPなど、FCMに課される既存の規制を利用できます。CFTCの意見募集も、Retail DCOに関連FCMの設置を求めるべきか、あるいは顧客がFCMを通じた清算を選べるようにすべきかを質問しています。

しかし、関連FCMを置けば、すべての問題が解決するわけではありません。

DCOとFCMが同じ企業グループに属する場合、両者は法的には別の登録主体であっても、経済的な利害を共有します。そこで新たに生じるのが、DCOが自社の関連FCMをどこまで独立して監督できるかという利益相反の問題です。

DCOは、清算参加者について、調査を開始するか、追加的な条件を課すか、制裁を行うか、最終的にデフォルトと認定するかを判断します。証拠金やアドオンの決定にも、一定の裁量が含まれることがあります。

同じ企業グループに属するFCMを、他の清算参加者と同じ基準で監督していることを、どのように担保するのでしょうか。

FIAは、関連FCMを持つDCOや取引所について、FCM監査を独立した主体へ委託し、共通所有関係のある主体が指定自主規制機関として監督することにも制限を設けるよう提案しています。

関連FCMは、純粋な直接清算で失われる顧客保護機能を戻す手段になり得ます。その一方で、顧客保護の空白を、企業グループ内の利益相反という別の問題へ置き換える可能性もあります。

一本の軸では制度を設計できない 与信の有無で決まるもの 顧客接点で決まるもの レバレッジを伴うか、全額担保・事前拠出か 誰が注文と資金を受け入れ、市場へつなぐか ・資本 ・証拠金 ・財務資源 ・登録区分の重さ ・顧客識別 ・資金洗浄防止 ・リスク開示 ・顧客資産の保護 二つを一本にまとめると、信用リスクを軽くした瞬間に顧客保護まで軽くなる 誰が顧客を識別し/誰が資金を保管し/誰が検査し/違反時に誰が執行するのかを、個別に割り当てる
図2 与信の軸で決まる義務と、顧客接点の軸で決まる義務。後者は信用供与の有無からは決まらないので、別の軸として割り当てる必要がある。

6与信と顧客接点を、別の軸で考える

FIAが提案しているのは、レバレッジを伴う清算については、取引所、仲介業者、清算機関の登録区分を維持し、全額担保かつ事前拠出された取引については、より簡素な枠組みを設けるという二層の構造です。

信用供与の有無に応じて、資本、証拠金、財務資源などの規制の重さを変える考え方には合理性があります。

しかし、与信の有無だけでは、制度全体を設計できません。

顧客識別、資金洗浄防止、リスク開示、顧客資産の保護は、信用供与の有無から直接決まる義務ではないからです。

もう一つ必要なのは、誰がリテール参加者の注文や資金を受け入れ、市場へのアクセスを提供するのか、という軸です。

重要なのは、すべての義務を一つの主体へ集めることではありません。

顧客識別は誰が行うのか。顧客資金を誰が保管するのか。リスク開示は誰が行うのか。それぞれの主体を誰が検査し、違反時には誰が執行するのか。

これらを個別に割り当て、制度上の空白や利益相反を残さないことが必要です。

全額担保・事前拠出型の取引について、軽い規制枠組みを設けること自体には合理性があります。ただし、信用リスクに関する規制を軽くすることと、顧客保護や金融犯罪対策まで軽くすることは分けて考えなければなりません。

FCMを経由しない清算では、法的義務を誰が担うのか。

CFTCの意見募集と業界団体の回答を読む限り、その分担について、まだ十分な答えが用意されているとは言えません。仲介コストを減らしながら、顧客保護の空白と新たな利益相反をどのように避けるのか。リテール向けダイレクト・クリアリングには、なお制度上の懸念が残っています。

注記

本稿で紹介したFCMとRetail DCOの五つの相違、監査機能の外部委託、指定自主規制機関に関する制限は、FIAがCFTCへ提示した整理と提案です。確定した規則ではありません。

FCMとRetail DCOの間に顧客保護上の非対称性があり得るという問題意識は、CFTCの意見募集にも示されています。ただし、具体的な義務の配分や、関連FCMを義務づけるかどうかについては、なお検討段階です。

FIAおよびISDAの意見書は、各団体がそのように主張していることを示す一次資料であり、記載された法的評価や制度提案が、最終的な規則として確定したことを意味するものではありません。

本稿における、AML・CIPを法的非対称性が見えやすい例として扱うこと、ならびに与信と顧客接点という二つの軸で制度を整理することは、筆者の見解です。

一次資料

初出: 2026年8月2日 / © 2026 柳沢 俊

本稿は『デリバティブ・クリアリングのすべて』第7章 第5節「ダイレクト・クリアリングモデル:仲介者なき清算への挑戦と限界」および第5章 第5節「クリアリングブローカーのリスク管理体制:顧客とCCPの狭間で」の続きにあたります。 → 書籍について

第2版に向けて検討中の論点 → クリアリングの章立てへ

本稿に記載する内容は筆者個人の見解であり、筆者が所属する組織・団体の見解を示すものではありません。

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